泣いて過ごしても笑って過ごしても月日は流れるというけれど
この、月が変わるたび・年が変わるたびに感じる
時の流れのはやさにはいつまでたっても慣れないのが不思議。
6月はちょっと特別で、
この時点でいつも1年前の自分とかいまの自分とかについて
思いをめぐらせてみる。
いつも結論はでないけど、まもなく“なる”年齢に
これまた慣れなくていつも驚く。
2008年06月02日
2008年05月31日
どこ
ひさしぶりの友だちと
ごはんを食べた。
おいしかった。いいお店だった。
野菜をたくさんたくさん食べた。
ひさしぶりの友だちと向かいあうとき
最近はいつもそう、
自分の上を自分の言葉が滑リ流れていく。
誰かがしゃべっているみたいに
口ばかり、言葉がドボドボ流れていく。
あらあらあら・・・とそれを聞いている自分。
なんなんだろうこのへんなかんじ。
ごはんを食べた。
おいしかった。いいお店だった。
野菜をたくさんたくさん食べた。
ひさしぶりの友だちと向かいあうとき
最近はいつもそう、
自分の上を自分の言葉が滑リ流れていく。
誰かがしゃべっているみたいに
口ばかり、言葉がドボドボ流れていく。
あらあらあら・・・とそれを聞いている自分。
なんなんだろうこのへんなかんじ。
2008年05月30日
水の粒粒
雨上がりのよる 帰り道
もう誰もいない遊歩道を照らしつづける明かり
街灯の光が照らしだす ひとかたまりの空間に
こまかな水の粒粒が ふわあっと流れているのが見えた
雨上がりで 空気が澄んでいたから
あんなにはっきり 見えたんだろうかな
この東京で
すう っと吸いこんで飲みこんだ
湿った つめたい空気
それだけ。
もう誰もいない遊歩道を照らしつづける明かり
街灯の光が照らしだす ひとかたまりの空間に
こまかな水の粒粒が ふわあっと流れているのが見えた
雨上がりで 空気が澄んでいたから
あんなにはっきり 見えたんだろうかな
この東京で
すう っと吸いこんで飲みこんだ
湿った つめたい空気
それだけ。
2008年05月27日
梅の実と遅れて届いたおみやげ
桜だとおもっていた家の前の木は、
よく見たら梅の実がなっていて
やっぱり梅だったってことがわかった。
大きくきれいな実がなっていて
梅は梅でいいものだ なんて
実だけじゃないのにね。
旅行のときに買ったおみやげ
あわてて荷物をつめたからうっかり忘れてきて
それを送ってもらったのが届いた。
荷物を開けると
あの国のお買い物袋、柄も持ち手もない真っ黒のビニール袋
そのなかにおみやげ
買ったときのまま
タイムマシーンみたいでうれしかった。
眠りつづけた週末。
よく見たら梅の実がなっていて
やっぱり梅だったってことがわかった。
大きくきれいな実がなっていて
梅は梅でいいものだ なんて
実だけじゃないのにね。
旅行のときに買ったおみやげ
あわてて荷物をつめたからうっかり忘れてきて
それを送ってもらったのが届いた。
荷物を開けると
あの国のお買い物袋、柄も持ち手もない真っ黒のビニール袋
そのなかにおみやげ
買ったときのまま
タイムマシーンみたいでうれしかった。
眠りつづけた週末。
2008年05月23日
よく寝た?
昨日はいつもよりも少しだけ早く帰って
夜ごはんの材料と、今日のぶんのお弁当の材料も買って帰った
ひとりで買物をするときって
ひとりなのに誰も見てないのに自然じゃなくて
なんだか“振る舞って”いるかんじ
いつもとちがうスーパーに行ってみた
いつも行ってたスーパーは、帰り道がどうも苦手で
距離 じゃないな
雰囲気 なんだろうかな
うちにつくころにはおなかがとてもすいたので
ごはんをちゃんとつくるまえに軽く食べて
すこしだけ、と横になって「きょうの猫村さん」を見ていたら
すこしだけ読んだところで眠りこんでしまいました
テレビも電気もつけっぱなしで
気がついたら 朝
つくろうとおもっていたごはんとお弁当の材料はそのまま
お化粧もそのまま
まあ、それにしても
日付が変わる前に寝たのなんてひさしぶり
なんだかね
ここしばらくは忙しかった のか
生活もそうだけど、心がなんだか忙しかった ような
だから
フリーズして強制終了
ってコンピュータに例えるとがっかり
“振る舞って”いて忙しい
夜ごはんの材料と、今日のぶんのお弁当の材料も買って帰った
ひとりで買物をするときって
ひとりなのに誰も見てないのに自然じゃなくて
なんだか“振る舞って”いるかんじ
いつもとちがうスーパーに行ってみた
いつも行ってたスーパーは、帰り道がどうも苦手で
距離 じゃないな
雰囲気 なんだろうかな
うちにつくころにはおなかがとてもすいたので
ごはんをちゃんとつくるまえに軽く食べて
すこしだけ、と横になって「きょうの猫村さん」を見ていたら
すこしだけ読んだところで眠りこんでしまいました
テレビも電気もつけっぱなしで
気がついたら 朝
つくろうとおもっていたごはんとお弁当の材料はそのまま
お化粧もそのまま
まあ、それにしても
日付が変わる前に寝たのなんてひさしぶり
なんだかね
ここしばらくは忙しかった のか
生活もそうだけど、心がなんだか忙しかった ような
だから
フリーズして強制終了
ってコンピュータに例えるとがっかり
“振る舞って”いて忙しい
2008年05月22日
友達
2日連続で、友達と会ってきた。
それぞれ、ひさしぶり。
そのひとは変わらない(ように見えた)けど
仕事や暮らしや悩みや年齢や興味や経験や価値基準や服装や髪型や
とりまく人や環境とか
流れ変わっていくもの
人生をゆるがすような大きな悩みなんてなくて
男の子も女の子もみんなで一緒に遊んでたころからだもんね。
きっと私もちょっとちがうふうに見えたかな。
ひさしぶりだったから
なんだか浮き足立ってふわふわしてた
彼女も、彼も、私も
それぞれの足元と道のりと
人生を見つめてる
このままでいいのかな これからどうしよう
ちがうけどおなじ
たのしかったありがとう。
体に気をつけて、また会おうね。
それぞれ、ひさしぶり。
そのひとは変わらない(ように見えた)けど
仕事や暮らしや悩みや年齢や興味や経験や価値基準や服装や髪型や
とりまく人や環境とか
流れ変わっていくもの
人生をゆるがすような大きな悩みなんてなくて
男の子も女の子もみんなで一緒に遊んでたころからだもんね。
きっと私もちょっとちがうふうに見えたかな。
ひさしぶりだったから
なんだか浮き足立ってふわふわしてた
彼女も、彼も、私も
それぞれの足元と道のりと
人生を見つめてる
このままでいいのかな これからどうしよう
ちがうけどおなじ
たのしかったありがとう。
体に気をつけて、また会おうね。
2008年05月20日
記憶
むかしから、
だいじな人ほど、どんなだったかおもいだせない
ってことがある
あんなに目に焼きつけたのに
写真のなかも、思い出してみる記憶のなかも
なんかちがう ぜんぜんちがう
なんでだろ
あんまり関係ないけど、
人の記憶って だいたい
よかったこと6割、いやだったこと3割、どっちでもないこと1割
なんだってこないだテレビでいってたけど
ほんとかな
だいじな人ほど、どんなだったかおもいだせない
ってことがある
あんなに目に焼きつけたのに
写真のなかも、思い出してみる記憶のなかも
なんかちがう ぜんぜんちがう
なんでだろ
あんまり関係ないけど、
人の記憶って だいたい
よかったこと6割、いやだったこと3割、どっちでもないこと1割
なんだってこないだテレビでいってたけど
ほんとかな
2008年05月16日
グリーン
昨日行った雑貨屋さんで
小さなパキラがかわいかったので買って帰った。
なんとなく、自分が
まとまってきた
ような気もした。
「私」ということについて
つじつまがあう
すじがとおる
うーん なんというべきかわからないけど。
気がつかないうちにいつのまにか
なんだか いろんなところにばらばら としていたのかな、とおもった。
小さなパキラがかわいかったので買って帰った。
なんとなく、自分が
まとまってきた
ような気もした。
「私」ということについて
つじつまがあう
すじがとおる
うーん なんというべきかわからないけど。
気がつかないうちにいつのまにか
なんだか いろんなところにばらばら としていたのかな、とおもった。
2008年05月15日
母の日
このあいだの日曜日は、どんな母の日だった?
トリニダード・トバゴもマザーズ・デイだったそうです。
去年は、自分の母 ではなくて
母をしている友達の家を訪ねたのでした。
あれからもう1年!
あのときはいろいろありがとう。
日本も、トリニダードも、静岡も埼玉も千葉も東京も新潟も、
地球上の人類、だけじゃなくて生きてるものぜんぶ。
それをおもったらカーネーションどころじゃないな。
トリニダード・トバゴもマザーズ・デイだったそうです。
去年は、自分の母 ではなくて
母をしている友達の家を訪ねたのでした。
あれからもう1年!
あのときはいろいろありがとう。
日本も、トリニダードも、静岡も埼玉も千葉も東京も新潟も、
地球上の人類、だけじゃなくて生きてるものぜんぶ。
それをおもったらカーネーションどころじゃないな。
2008年05月12日
なにはともあれ
勢いの波にのって、「ひさしぶり」の場所へ。
行こうって決めてたし
雨も止んだからね。
どんな顔していいのかわかんなくて緊張したけど
でも笑顔であたたかく迎えてもらって
なにはともあれ、よかった。
すべてがすっきり とはいかなくても
社会ってそんなものかもしれない。
とすっきり思えるのは、やっぱり
大きく◎つけてくれるひとたちがいてくれるから。
行こうって決めてたし
雨も止んだからね。
どんな顔していいのかわかんなくて緊張したけど
でも笑顔であたたかく迎えてもらって
なにはともあれ、よかった。
すべてがすっきり とはいかなくても
社会ってそんなものかもしれない。
とすっきり思えるのは、やっぱり
大きく◎つけてくれるひとたちがいてくれるから。


